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大 阪 城 天 守 閣
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大
正12年(1923年)、大阪城の表門である大手門は、南控え柱を補強するため柱の根継ぎを行いました。この柱の継ぎ方は、東西両面(写真参照)は下の柱
が凸型の「蟻継ぎ」、南北両面(写真参照)は山型の「殺ぎ継ぎ」になっています。常識的に考えるといずれの方向からも柱を継ぐのは不可能です。このため長
い間「大阪城の謎」の一つとされ、新聞でも大きく報道されました( 昭和54年 6/5 毎日新聞 「どうやって継いだの 大阪城に?の柱 まるでチエの
輪 専門家も『常識外だ』」 )。
これ以来、大手門の柱継を見物にくる人はあとを絶たず、何人もの人が謎解きに挑戦してきました。
昭和58年(1983年)、この柱継手の謎に、ついに解答が出ました。エックス線撮影により柱の内部を解析し、謎が60年ぶりに解けたことが報道された
のです( 昭和58年 12/12 朝日新聞 夕刊 「柱の”パズル”60年ぶり正解」 )。さらに、この不思議な柱継手が当社の前身である「石浜組」の
創業者「石浜太郎平」の手によることが判明したのです( 昭和58年 12/22 朝日新聞 夕刊 「設計者はアイデア大工さん」 )。
あなたも、下の写真を見て柱継手の謎に挑戦してみてください。(正解はこのページの最後にあります。) |
| 日本テレビの「ザ!鉄腕!DASH!!」という人気番組をご存知でしょうか?アイドルグループのTOKIOが、色々な事に挑戦するのですが、その中で日本の古民家を再生する企画があり、なんとこの大阪城の柱継の手法を使用しているのです。
この様子は、「ザ!鉄腕!DASH!!」のDASH村のコーナーで紹介されています。DASH村のホームページでこの継手を利用した柱も写真入りで見るこ
とができます。DASH村ホームページのトップページから、[建物]−[家]−[木組み]とリンクをたどってください。
「DASH村」へのリンクはこちら
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| 大手門外景 |
大手門内景 |
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継手 東面 |
柱全景 |
継手 北面
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継手 東南面 |
継手 北東面 |
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継手 西面 |
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正 解
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上図の通り、下の柱を矢印の方向へ、斜め下からはめ込みます。
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