大阪城 大手門柱継手の謎

 大阪城大手門の控え柱には、柱の根元を継いだ補修の跡が残ります。東西両面(写真参照)は下の柱が凸型の「蟻継ぎ」、南北両面(写真参照)は山型の「殺ぎ継ぎ」になっています。外から見ると、どの方向からもはめ込むことができないような不思議な形の継手になっています。長年大阪城の謎のひとつとされてきましたが、1983年にX線撮影により内部構造が明らかになり、継手の謎が解明されました。この時、施工した大工の社名と氏名が残されていることも判明し、弊社の前身である石濱組の請け負った工事であることが解ったのです。石濱組の創業者、石濱太郎平は、鳴門海峡の潮流を利用した発電システムを考案したり、コンクリート製枕木を考案して国鉄にも採用されるなど、非常に進取の精神に富んだ創造力あふれる人物でした。この柱継手は、そんな匠の技の一つなのです。
大手門控え柱 大手門 外側 大手門 内側

東西面の「蟻継ぎ」と南北面の「殺ぎ継ぎ」

一見すると前後左右どこからもはめ込めないように見えますが・・・
一体どうやってはめ込むのでしょう?解答は下にあります。

凸型の「蟻継ぎ」 山型の「殺ぎ継ぎ」 北東面

報道資料

1979/6/5  毎日新聞 「どうやって継いだの 大阪城に?の柱 まるでチエの輪。専門家も『常識外だ』」
1983/12/12  朝日新聞 「柱の”パズル”60年ぶり正解」
1983/12/22  朝日新聞 「設計者はアイデア大工さん」

解答

下図のように斜め下からはめ込みます。
非常に固く結束する実用性を誇りながら外から一見すると継ぎ方の分からない柱。
プロフェッショナルの仕事の中に遊び心もあったのかもしれません。

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